ノーマン・ジュイソン監督とテッド・ニーリー

d0079799_227127.jpg73年の映画のDVDのおまけのジュイソン監督とテッドの会話を少しずつ紹介します。

その前にノーマン・ジュイソンについて少し紹介。1926年7月21日、カナダのトロントで生まれました。JCSを監督する前に60年代にヒット作を監督し、1971年には、「屋根の上のヴァイオリン弾き」を監督しています。






d0079799_1244757.jpg1943年9月20日生まれのテッドは、72年にJCSをイスラエルで撮影しているときはまだ29歳でした。17歳違いの監督に対して、テッドはこのDVDの為の対談中も親しみはあっても敬意を払っているのがいたるところで感じられました。
この対談はユダを演じたカール・アンダーソンが58歳で亡くなった1ヶ月後に録音されたようです。ということは、2004年2月23日の翌月ですから、ジュイソン監督は77歳。いいおじいちゃんですが、さすがにちょっと耳が遠いのか、ときどきテッドの話にお構いなく、思いつくまま夢中になって語ってるところがほほえましいです。さて、会話の中身・・・
ジュイソン監督は、JCSのコンセプトアルバムの存在を知ってからすぐに映画化を考えていたそうです。映画の撮影に入った72年当時でも、まだまだこの作品は論議を呼んでおり、宗教的に問題がある作品ということでBBCは放送禁止。71年にブロードウェイで舞台化にこぎつけましたが、この映画は、その舞台を映画化したものではなかったのだということを今回初めて知りました。



ジュイソン監督はコンセプトアルバムをベースに、自分自身のイメージを描いていました。
まず、映画はイスラエルでオールロケを敢行すること。オリジナルサントラはロンドンで録音。

d0079799_2135286.gifJCSは、ジュイソン監督の手によって、世に送り出された初の「ミュージック・ビデオ」となったのです。音楽に映像をつけるのは今でこそ当たり前のことのようですが、JCS以降、音楽からビジュアルを創造する流れがおきました。JCSなくしてMTV無し(!?)



映画の出演者のオーディションは米国でも行われました。
カリフォルニアで監督がオーディションをしていることを知ったテッド・ニーリーは、ちょうどその時、LAでロックオペラ「TOMMY」の主役をしていて、オーディションに出かけられないので、エージェントに、自分の舞台を監督に観に来てもらえないかと頼んだそうです。

ある土曜日の夜、パームスプリングスから車を飛ばして、ジュイソン監督はテッドが主演しているTOMMYを観に行きました。ところが!テッドは主役どころか舞台上のどこにもいなかったのです。監督、激怒。

テッド「あれは、わざとじゃなかったんだよ~」
監督「観てくれっていうから、遠方からかけつけたのに、君は陰も形もなかったんだよ!」
二人は大笑い。実はその土曜日のマチネでテッドは怪我をして、ソワレを休んだのです。公演期間中、テッドが舞台を休んだのはその一回きりだったそうです。

監督が来てたなんて知らないテッドは、翌朝、エージェントから電話をもらって驚きます。
テッドは、それは悪いことしちゃった、と監督とランチでもとエージェントに言い、ホテルへ向かい、監督の部屋のドアをたたきます。
監督「付け髭つけてきたよな」
テッド「(大笑)だって、TOMMYでは少年を演じてる最中に、監督にはジーザスとしてオーディションして欲しいって言ってるわけだから。で、友達が付け髭を用意してくれたんだ。」

しかし、監督はこの時点で、ジーザス役もユダ役もすでに別の俳優達をキャスティングすることで、心は決まっていると公言していました。


d0079799_10103517.jpgさて、監督が良い人なのか、キャスティングに迷いがあったのか、テッドとカール・アンダーソンは、ロンドンでのスクリーン・テストに呼ばれたのです。
監督「二人が一緒に演じるところをみてみたかったんだよ」

そこから、彼等の運命の歯車はまわり始めたのです。。。。。
by tomokot2 | 2006-08-03 01:47 | 舞台映像・音源等


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